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第20話 BeachBoys -2

これを読む人は、ぜひ第10話を読んでいただくと今回の話しが、よりわかりやすいと思う。

2013年8月、ハワイを発つ10日程前にあるビーチボーイの訃報が入った。私は急遽、予定を変更し、ビーチ葬に出席することに決めた。往年のビーチ ボーイ、Terry との出会いと私の関係は第10話の通りだ。ビーチに通い、自らも楽しみながら観光客にサーフィンを教え、カヌーのキャプテンとしてアウトリガーカヌーを漕ぎ、古き良き時代のワイキキビーチに暮らしたビーチボーイの1人だ。そして、父モエ・ ケアレの古い友人の1人だ。ここ2年程は体調がすぐれず、ビーチで顔を見ることはなかった。私は、2ヶ月に一度は必ず電話をして、留守電にメッセージを残したり、ちょうど1ヶ月前には「ミカ、自分はだいぶ弱っている、、」と少し弱音を吐いていたが電話で話しをしたところだった。いつも、私の電話に喜んでくれ、ありがとうと言っていた。

あるビーチボーイから Terry が亡くなったことを聞いた時に、私はすぐに思い出したことがあった。もし自分に万が一のことがあったら、友人でカヌーキャプテンのレジェンドの一人であるBlue Makua Jr. にカヌーを出してもらい、自分の遺灰を海に鎮めて欲しい、というTerryの言葉だった。私はBlueの所属するビーチスタンドへ行き、オーナーと話しをした。Terryの訃報は、もう耳に入っていた。私の話しを聞き、オーナーは、ほぼ引退していたBlueにその場ですぐに電話をかけた。そして、しばらくの話しのあと、オーナーはBlueがカヌーを出す日が決まったら、私に教えてくれると言った。

ビーチ葬の朝、いつもよりずっと早起きしてDuke'sのレストランの海に面した所に行くと、受付と飲み物とフルーツ、スナックのテーブルが用意されていた。身内とそれほど多くない友人の小さな集まりだった。以前、面識のあった若い、たぶん再婚の奥さんは私と主人の顔を見ると、駆け寄ってきて、私たちは黙ってしばらくの間、抱き合った。彼女はBlueのカヌーが出る時に、私にカヌーのパドルをして、と言ったが牧師や身内で席はうまり、私はビーチからカヌーが沖へ出るのを見守った。

Terryがずっとミカに会わせたい、と言っていた妹はとうとう、来なかった。亡くなる前までいろいろあったと聞いた。現代のものとは全く別物の、原初で本来のフラを継ぐ役目を持った家系の人たちは、とても厳しい環境と時代を生きて来た。妹とTerryに何があったかはわからない。私は彼がビーチで話す人の中で、Aliiの庇護の元、ハワイ王国のKapuを守り伝える家系同志として、私のクムを知っていた唯一の人、だったことを、決して忘れないだろう。そして、私にできること、しなくてはならないことは何かについて、改めて考えさせられた。

Terry の亡くなったあとから、海に出るたびに大きなホヌを見かけた。私があるビーチボーイにTerryかな?というと、そのアンクルは最近亡くなったもう一人、ジョンジィーの名を口にした。

私のお葬式の参列の回数は、日本でのそれをはるかに上回るようになった。親しかったNiihauの父の姪、Ileiの時は、泣きながら親戚のアンティたちと、受付もやった。ふと、波を見ている時に、胸が苦しくなり、目頭が熱くなることがある。私にとってここは、決して楽しいだけの場所ではないのだ。
いずれにせよ、何かの縁で、深くこの場所と関わっていることは間違いない。それは天が決めたことで、たとえ辛いことがあっても、受けいれて生きて行くしかないのだ。
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by ohanaokeale | 2013-09-15 09:37