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第19話 Blue Makua Jr.

 私の心にあまりに深く、衝撃的に刻まれた出来事は、2009年から私の筆をすっかり止めてしまっていた。間違いなく特筆すべき、モエ・ケアレと同様に私に大きな影響を与え、深い関係にあった、二人の“真のハワイアン”について語れる“その時”を、私は時の力を借りてひたすら待っている。 
さて今日は、あるビーチボーイから聞かされた、ビーチのレジェントがまたひとり引退した、私にとってもワイキキにとっても寂しい出来事について話そうと思う。
彼の名は、ブルー・マクア・ジュニア。古き良きワイキキの海を知り尽くした数少ない本当のビーチボーイの生き残りだ。彼の名が刻まれたアウトリガーカヌーを、白髪をなびかせながら、背筋をピンと張り、舵を取る彼の姿はカヌーと一体化して、風格が漂い、見事に自然と調和したまさにひとつの“美しい海の景色”だった。
それは、彼の心が自然と近いものであったからこその輝き、だった。
私が初めてブルーと対面したのは、私をハナイしたモエ・ケアレの親友のひとりであった彼を、訪ねたからだった。
初めて会う私に、彼は無口だった。それは当然と思えた。私がモエ・ケアレの養女だと何の証拠があるだろうか。身分証明があるわけでもない。しかし、私は信じていた。本当に自然と共に生きている人間は、野生の動物が言葉を交わさずとも相手を敵と見分けたり、心を読み取ることができるように、もし彼がモエさんの親友で本当のビーチボーイならきっと解るにちがいない、と信じていた。
実際、会えただけでも幸せだった。
とにかく、ブルーに会うために海へ行き、私はカヌーに乗ることにした。
多い時は一日に5回、15往復漕いだ。体中が筋肉痛になったこともあった。
初め、カヌーキャプテンであるブルーは私を4番手の漕ぎ手の位置に指示した。思いのほか、パドルを漕ぐのは楽しかった。ワイキキのアウトリガーカヌーは沖まで漕いで出るとカヌーズというサーフポイントからサーファーより優先権を持ち、波をつかまえて大きなカヌーがまるでサーフィンをするのと同じにしぶきを上げて波をすべって行くのが醍醐味だ。しかし私は、何故かパドルを漕いでいる時にこの上ない喜びと楽しさを感じ、血が騒ぐとはまさにこの事、だった。私はあっという間に虜になっていた。毎回ブルーとは会話らしいものもなく、だまって舟に乗り、ひたすら漕ぐ、そんな時間が過ぎたある日、私はブルーから二番手を指示された。舵取りをするキャプテン、サブキャプテン、次に漕ぎ手のリーダーとなる先頭、後に他の漕ぎ手が配置される。
私は思わぬ昇格?にますます張り切って漕いだ。
すると、後ろの方から「2番目、もっとリラックス!」と叫ぶブルーの声が聞こえ、私は思わず苦笑した。でも何だか少し嬉しかった。観光客の乗り手が足りない時に人員として呼ばれるように、常に砂浜で待機していた私は1日中、座っていたこともあった。
今思えば、ブルーの目にはどう映っていたのだろう。さて、またある日のことだった。
アシスタントがブルーの準備の間に、配置指示をしていた。白人の大きな男性が先頭、私は二番手だった。体が小さいとやはり先頭には配置されないのだろうか。
そこへブルーがやってきて、突然「違う、違う。ミカが先頭だ。」と訂正した。
私は条件反射的に「Yes!」とすぐさま、このチャンスを逃すものかという勢いで、一番手についた。
タイミング良く、パドルを常に正確に、リズムを持ち漕ぐ役目の先頭は、カヌーが波をつかまえるとしぶきを正面からもろにかぶるので、3往復すると頭から全身びしょぬれだった。
しかし気分は爽快、初めての経験だった。
そして岸に戻りシャワーを浴び、ブルーと砂浜に腰を下ろして、初めて会話と言える時間を過ごすこととなった。
ブルーは、自分のファミリーがマウイの出身で自分は100%のピュアハワイアンであること、昔の仲間のこと、ワイキキはとても変わってしまったこと、などを語り始めた。
私も海にのしかかるように立ち並ぶホテルや高いビルが好きではないことなどを話すと、ブルーは今までに見せたことのない笑顔で「You are Hawaiian!」と言うとガハハー、と笑った。モエさんがそうだったように、その目は真剣だった。
彼が単純に私がビルが嫌い、ということだけでそう言ったのではないことを、私は感じていた。そこには何も話さずに、時を共有してきた中で、心の会話をした、私達だけの間に生まれていた何かがある、瞬間だった。
私は意図的にそういう方法を取ったのではない。自然に、思いを胸に取った行動は、彼にとって昔ながらのハワイアンウェイ=本来のハワイアンのやり方、だったのかもしれない。
ワイキキの変貌と共に、ビーチボーイの在り方も変わってきている。ビジネス優先、合理化、そして何かを見失う。現代の世の中と同じだ。
本来のビーチボーイは、海という自然は自分たち人間も自然の一部であり、そこに同じ生きるものとして存在する、属しているもの、という感覚を持っている。
都合良く、美化して、良いとこどり、をする現代人の感覚とは違う。
もっと真面目で真剣だ。
白い砂をどこからか運んで来て、ビーチを作り、その砂が徐々に沖へ流れ、海底に沈む。大きな掃除機で吸い上げてはビーチに戻す、そんな繰り返しも納得しているはずがない。
私は、沖に浮かぶ巨大な掃除機を目にした時、父モエ・ケアレを含め、多くのこの海に眠るビーチボーイやハワイアンたちの遺灰が、砂と共にビーチに戻され、その上で海の生き物のことなどおかまいなくオイルをテカテカに塗ったひと達が寝そべる光景に背筋がゾッとする思いでいた。
ブルーがしだいに海に姿を見せなくなったのは決して、年齢や健康が理由などではなかった。去年、久しぶりに会った時、彼は「もう誰もいなくなった、若い連中はわかっていない」とつぶやいた。
一人、あちこちの島を旅していたらしい。引退して他島へ行った仲間もほとんどが他界しているだろう。仲間を思い、一人、心の会話と整理の旅だったのだろう。
ブルーの心によぎるものはどれほど深く、寂しさはとうていはかり知れるものではない。
自然と近い心で生きている人は、現代では本当に少ないだろう。自然に特別な場所などない。ただ、目の前にあるものに気がつかない、という悲しい心があるだけだ。
ブルーと話したことがある。機械から得られるものが自分の信じられるものの全てになってしまっている人間には、もはや自分が自然の一部である感覚など、皆無に等しいだろう。
人間は自然を破壊することはできても、月や太陽、海や陸、人間よりはるかに多い種類の他の生き物を作り出すことなどできないのだ。
ブルーの乗るカヌーが見られなくなったワイキキの海を眺めながら、波の無いある日に
バーのカウンターに一人座るブルーに会ったことを思い出した。
彼は私に隣に座るように言うと、ビールを飲むか聞いた。
初めて、昼からビールを飲み、そのまま黙ったまま、私たちは2時間以上過ごした。そこには、あの“心の会話”があった。
無口で、一言は重く、思いの深さと意味があり、ときどき最高の笑顔で豪快に笑い、低くよく響くハワイ語なまりの英語。その姿は、どこかモエ・ケアレと重なる。
そうだ、行きつけのバーにブルーを探しに行ってみよう。そう思いつくと、ほんの少し明るい気持ちになれた。

…と、この話しはここで終わるはずだった。ところが意外な展開のつづきが待っていたのだった。
これを書き上げてから数日後、私が日本へ戻る前日の最後の一日、のことだった。
ブル―のカヌ―に乗る機会が無くなったここ最近の私は、ブル―の次世代のキャプテンの別のカヌ―に乗るようになっていた。漕ぎ手の足りない時に助っ人として呼ばれるのは相変わらずだった。さて、Kauai(カウアイ)島でNiihau(ニイハウ)の家族と過ごし、オアフに戻った昨日、機内の窓から山側に一瞬のダブルの虹を見た。今朝も家の窓から虹を見た私は、すっかり気分を良くしていた。それは連日にわたり“良い虹”だったからだ。
パドルを手に海に行くと早速、めずらしい日本人の女性2名の助っ人として、呼ばれた。おまけに日本人のインストラクタ―と紹介され、彼女たちに基本的なことを伝える役目までもらった。その上、たまにあるワイキキの端まで漕いで行き、さらに観光客を乗せてから沖へ出る、一度で倍漕げる(倍疲れる、という人もいる)ラッキーさだった。なかなか体育会系でしっかり漕いだ2人の日本人はビーチに戻るととても丁寧に私にお礼を言ってくれた。少し話していると一人が私の実家の目と鼻の先に住んでいる偶然にお互い声を上げた。何となく何かが起こる一日になる前兆はいくつもあった。するとカヌ―のサブキャプテンが私の乗ったカヌ―やサーフレッスンをしているビーチスタンドのオーナーが呼んでいると言いに来た。
話をしたことがないオーナ―が何の用だろうと少し不安に思いながら行くと名前を聞かれた。そしてオーナ―の女性は自分の名を名乗ると「これからも必要な時はあなたを呼ぶから漕いでね」と言った。私はホッとしたと同時にパドラ―として役に立つようになったのかと嬉しかった。そして「ありがとうございます。今までは私のハワイアンの父の親友、ブル―のカヌ―に乗せてもらっていましたが、彼が引退してしまったので最近はここで乗せてもらっていました」と私が言うと「ブル―?今朝、海にいたわよ、もう何ヵ月も見なかったからビックリよ」と言ったのだ。私は耳を疑った。すると後ろから主人の「ミカ!ミカ!ブル―がいる!ブル―がいるよ!」と叫ぶ声がした。ロングボードを肩に担ぎ海から上がって私に知らせに来たのだ。そのとたん、私はもう走っていた。いちもくさんにブル―のいるビーチスタンドまでパドルを片手に、ビーチの人混みの間をぬって走った。けっこうな距離ではあったが、とにかく走った。気持ちがそうさせていた。あとでその様子を見ていたもうひとりのレジェンドキャプテンに「ほぅっ!ミカの足の早さとすばしこさにはビックリしたよ。チョコチョコチョコッ、とすごい勢いで走って行ったよ。」と何度も言われた。
ブル―に会いたい一心だった。
息を切らしながらブル―の前に着いた私を見ると太く、低い響く声で「ハイ!」と微笑みながら彼は言った。私は小さな子供のようにブル―に、飛びついた。本当に皆が引退したと言っていたブル―だった。私が一緒にいる間、いろんな人がブル―に挨拶に来たのは言うまでも無い。ブル―は自分がここに来たらみんなハッピーだ、と満足そうだった。
ブル―が何故戻ってきたか、それからどんな話しをしたか、それは次の機会に話すことにしようと思う。とにかく、この日のワイキキの海が格別に輝いていたことは間違いなかった。
美しい一日だった。
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by ohanaokeale | 2011-03-15 09:39