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第10話 BeachBoys -1

 Moe Kealeは“ビーチボーイ”だった。いろいろな“ビーチボーイ”がいるが、波乗りの好きなガキ大将達は波の取り合いで喧嘩をしたり少々荒っぽいところもあるが、気は良くて情に厚く、ズルをしたりウソをつく奴は仲間に入れてもらえない。吹く風、立つ波、潮の流れ、自分達の海についてのたくさんの知識と経験を持つ彼らは、70、80歳になっても現役の“ビーチボーイ”だ。
 私はサーフィンはしないが自然と親しくなった“ビーチボーイ”達がたくさんいる。その中でも“Rabbit Kekai”は85歳になる現役のレジェンドサーファーで、今も世界中で彼の名のついた大会が開かれている。
“Ivan Harada”はライフガードのキャプテンとして長年ワイキキの海を守り続け、彼の名のついたサーフポイントがある。アウトリガーカヌーのキャプテンで名高い“Bule Makua Jr.”や初代のホクレア号のクルーだった“Dukie Kauhulu”らはMoeさんと同じ100%ハワイアンの血を持つ、親しかった“ビーチボーイ”だ。彼らについては後々語るとして、まず最初に偶然出会うことになったMoeさんと由縁のある“一人のビーチボーイ”について話そうと思う。
 ワイキキでサーフィンを始めて、いつの間にか伝説の“ビーチボーイ”達が少しずついろいろな事を教えてくれるようになり、若いロコから“アンクル”と呼ばれるようになった主人は、毎朝のサーフィンが日課となっていた。私はハワイにいる時は、その日海に入らない“ビーチボーイ”達と一緒に、海を眺めながら、主人が上がってくるまで時間を過ごすのが習慣となっていた。
 その日も許可された人だけが座れるイスに座らしてもらい、私はペンを走らせていた。すると私のとなりに腰をかけた、一見怖そうな感じの“ビーチボーイ”が「何を書いているんだ?」と声をかけてきた。見かけたことのあるような気もしたが、まだ話しをしたことのない人だった。私は「Moe Kealeの思い出を書いています。」とそのままを答えた。ミスティックハワイの原稿を書いていたのだった。その“ビーチボーイ”は「は?何で君がモエ ケアレの思い出を書いているんだ?」と不思議そうに尋ねた。見かけよりもやさしい口調だった。「私はモエ ケアレのハナイ(養女)なんです・・・。」すると彼は「ふーん・・・私は彼の同級生だよ。」と言った。
 確かMoeさんの同級生は3人しか生き残っていないと聞いていた。Blue,Dukie,そしてこの人がTerryだった。私は何人もの、Moeさんのことをよく知っている人、親しかった人に出会ってきたが“ビーチボーイ”時代の仲間に会えたのはひときわ感慨深いものがあった。
 “アニマル”というニックネームだった頃をよく知る人達は、エンターテイナーとして成功を収め、“ハワイ5-0”などのテレビドラマシリーズで俳優としても有名人になったMoeさんに、別の世界へ行ってしまったさみしさを持ちつつも、いざ思い出話しになると、たちまちガキ大将の時代にタイムスリップして楽しそうに話すのだった。私にとってはワイキキビーチの昔の様子を聞くこともできて、とても興味深いと同時に何よりもMoeさんといるような気持ちになり、うれしくなるのだ。思わず涙ぐんだ私をTerryは「オー、ベイビー」と言って抱きしめた。
 さて、Terryとの出会いはただ単に、Moeさんのクラスメイトに出会った喜びだけでは済まなかった。いろいろと話しているうちに、私がフラに関係していることを知ったTerryは意外な事を話し始めた。
 自分の母親はKumu Hula(クムフラ=“本来のフラ”の正しい継承、伝導者で現在はほとんど存在しない。)で、Moeさんが生前「自分の身内にフラを教えて欲しい」と頼みに来た、というのだ。私はすでに“ある偶然”から、Moeさんが他のあるLoea(ロエア=マスタークム)の所にも頼みに行ったことがある事実を知っていたので、再び私がこのような事実を知ることになり、驚きを隠せなかった。念のためにこの“身内”は私のことではない。Terryは私のKumuの名を尋ねた上で自分の母親の名を言った。そしてその名を私のKumuに伝えるよう、言った。
 私は彼の母親の名を記憶していた。Kauai系列のパフドラムのマスタークムで、特殊な人だった。そしてMoeさんから頼まれた彼女は、“自分のフラの資料は全て公の機関に渡してしまった”という理由で断った、というのだ。
 Moeさんがどのフラが正しいフラかを知っていて、その正しいフラを学ぶべきだと考えていたことを、この時再度痛感したのだった。Moeさんが「身内にフラを教えて欲しい」と頼んだ二人のマスタークムには共通点があった。
 Kauai系列のフラだった。しかし、後に詳しく説明するつもりだがこの“系列”というのはカウアイ生まれとか、カウアイに住んでいて教えているとか、カウアイ系列の誰かにワークショップや一時の間習ったものを教えている人、ただ身内から身内へ、は該当しない。“系列”という字の通り、フラにおいてのラインが繋がっていること、すなわち“正しい人”が“選んだ人”に“形を変えず”代々伝授している系図が存在することを指す。これが“本来のフラ”だ。
“本来のフラ”は今でいう“Kahiko(カヒコ)”だが、この“正真のカヒコ”は現在、表に出ている範囲では、ほぼ存在していない状態だ。
 話を本筋に戻そう。初めてTerryに会ってから数日後、まず彼は母親の事を私のKumuに話したかを聞いた。私はもちろん話したのでそう伝えた。
 その後、再び会えるのを楽しみに日本へ戻った私にハワイにいる主人から連絡が入り、“Terryが私に渡したいものがあるから今度ハワイに戻ったときに電話をするようにと連絡先を教えてくれた”ということだった。主人が“フラに関するものらしい”と言うのでまず受け取ってよいかをKumuに確認したが、たしか“公の機関に渡してしまった”ときいていたので不思議に思いつつ、ついに“それ”が私の手元に届く日が来た。
 茶色いA4サイズの封筒だった。「中を見てごらん」と言われ、紙の束を取り出した私に「母親のフラの資料だ、ほんの一部だけどね。ミカにあげるよ。」とTerryは言った。私は息をのんだ。紙を一枚ずつめくりながら、それがどれほど貴重で、特殊なもので、特別かを私は十分に理解していた。“手元に無い”と言われたものは何故か10年近くたった今になり、別の身内である私に何故か届けられた・・・・・。
 なんとも不思議な偶然、神様の仕業にまたもや私は、驚かされることになった。次から次へと嬉しい“出会い”が起こることに心からありがたい、と思う。しかし“出会う”ということはそれだけの数“別れ”もある。人生はよくできているものだ。
 最近、持病のあるTerryの体調があまり良くない・・・。まだ彼を呼ばないよう、Moeさんにお願いをするこの頃だ。
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by ohanaokeale | 2007-02-15 00:00