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第7話 トリック -1

 Moe Keale の他界後、私に起き続ける偶然は決して良い気持ちになるものだけではない。時には悲しい気持ちにさせられたり、憤りを覚える出来事に直面することも度々ある。
 しかし、これらも私には“天が知らせてくれたこと”“知る必要があって起きたこと”と受け止めている。
 2年程前の事になる。時間に余裕のあった私は、ビーチに出て少しのんびりしながら勉強をすることにした。親しくしていたレンタルボードのオーナーは、そんな時チェアやパラソルを提供してくれるので、忙しい時は留守番をしたり手伝いをしたりすることもあり、それもちょっとした気分転換で楽しい。
 その日、オーナーがちょうど本土から来ていた自分の友人を私に紹介してくれていた時だった。
 近くにいたその辺りの常連らしき地元の中年の女性が話を聞いていたらしく、私に「あなたはフラをやっているの?」と急にたずねてきた。はい、と答えると「あなたは日本で教えたりしているの?」。私がその返事をする間もなく、「日本人はこっちに来てチョコチョコっと習って帰っては教えているでしょ、しかも高いお金を取って。私たちはどれだけ練習していると思う?1回に何時間も週に2回は練習するのよ!それをちょっと練習しただけで教えて」どうやら怒っているらしい。
 日本人でもハワイ人でもいろいろな人がいるし、全てに関して一概には言えないだろう。とにかくこちらの話も聞かず、一方的に決めつけて失礼な人と思いつつ、黙って聞いていた。するとさらにあきれる言葉が出た。
 「私のクムなんて日本人に教える時はタダ!タダで教えているのよ、それなのに日本人はまったく!」すごい剣幕だった。
 さっきから話している特長のある彼女の横顔を見ながら、私はずっとどこかで見かけたことがある気がして、それを思い出そうとしていた。そして思い出した時に、偶然にも彼女のクムを知っていたことで“あきれた”のだった。
 間違いなく「タダ」で教えているというのはありえなかった。それこそ高いお金を払い、レッスンを受けている人を間接的に知っていたからだ。他に彼女の話から推測するならば「タダで教えていた日本人が、高いお金を取って日本で教えていた」という、そのクムのつくり話か何かだ。その女性が自分の意志でそんなことを言ったか、自分のクムの言葉でそう思い込まされているか、どちらにせよ、そこに「嘘」があることは確かだ。
 ハワイやアロハを利用した巧妙なトリックや嘘が、もっとも純粋でなくてはならない「フラ」を通してはびこっている事実を知るたびに、何ともおぞましい気分にさせられる。つまらない嘘は案外こんなひょんな偶然でバレてしまうものなのかもしれない・・・。
 私自身、相手が自分で言ったことの責任逃れのために“ぬれぎぬ”を着せられ、ひどいダメージを受けたことがある。すり替えたことから、どんどん合わなくなるつじつまを合わせるために重ねられる「嘘」によって受けた被害だ。
つくづく「嘘」に対して強い嫌悪感を抱いていて、ああ又か…という気持ちになる。嘘は人を欺き、何より自分を欺き、神をも欺くことなのだ。あらゆることに感謝の気持ちを持てる人間は、自分が生かされていることを大切に思い、「欺く」行為はしないものだ。
 この女性とは「アロハ!」と言って別れた。しかし、残念ながら彼女は真のアロハの意味を心で理解していないだろう。もちろん彼女のクムもだ。私は目の前に広がる海と空を眺めながら、ひどく悲しい気持ちになった。こんなに美しい自然のあるところで、どうしたら愚かな「嘘」をつく気持ちになれるのだろう?
 「ミカ、アロハは決してハワイだけのものじゃない。アロハの心を持っている人もいれば、持っていない人もいる。それは世界中どこでも同じだ。」と言った Moeさんの言葉が思い浮かんだ。
 裏を返せば、ハワイの人でもアロハがない人もいる、そしてまた世界中誰もが血や肌の色に関係なく持つこともできる、ということだ。現に Moe Keale の未亡人 Carol Keale も、いわゆる「ハオレ」と言われる白人だ。しかし、Aloha の意味を定義したあの Pilahi Paki が長年にわたり弟子として認めた人だ。アロハとはアロハである状態。心のあり方だ。
 そして私は悲しい気持ちから悔しい気持ちになり、これらの「嘘」に立ち向かう気持ちにすらなっていた。
 全ての自然と共存している私たちには、何か目に見えない不思議で大きな力が確かに私たちのまわりに存在し、その影響を受けていると感じる時がある。それらをどういう心で受け止めるかによって、その人の進む道が決まる。
 そこに人の目があるとかないとか、自分に都合が良いとか悪いとか、そういう部分ではないところで、見えない何かに対し誠実であること、偽りのないこと、私はそれが大切であると考え生きてきた。それは人間の心の中にある良心のようなものだ。 Moe Keale に出会い、そしてハナイされたことから、この良心こそ Aloha の心の深い意味につながっていることが、私の中でより明確なものとなっていったのだ。
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by ohanaokeale | 2006-10-15 00:34