第5話 Aloha Festival -2

 2001年、アメリカ同時多発テロの直後の Aloha Festival は、それは大きなダメージを受けた。委員会は、合衆国本土及び州からの中止命令と、ボランティア達の、これはハワイアンのための祭りなのだから、私たちの手で何としてでも実行したい、という声の板ばさみに合っていた。
 結局、中止となったパレードについては、この日までフロートの製作に、どれ程の時間と手間をかけてきたのかわかって欲しい、と涙ながらに訴える人々の姿を目のあたりにし、委員会の人はいろいろな意味で心を痛めていた。私は、もちろん生徒たちを危険な目に合わせたくなかったが、私が一人でも Ho’olaule’a で踊ることを決めると、結局8人が出演することとなった。
 翌年、2002年は、Moe Keale が亡くなったことで、私は彼に由縁の深いKauai島で踊ることを決めた。ここでもちょっとした偶然が起きた。
 この年は、まだMoe Kealeの甥達の音楽活動の準備が十分でなかったため、私の親友のミュージシャン、現在のHolunape のKama,Kanaia,Kekoa、そしてAlea のKale が私たちのために演奏してくれた。
 この年のKauai Ho’olaule’a のステージは、ダウンタウンに小さなステージが設置され、それは素朴な風情だった。
 ショーの始まる前にステージのMCが私たちのプロフィールの書かれた紙を持って、確認にやって来た。そのプロフィールには、私たちはMoe Kealeの「Legacy of Aloha」を守り伝えていくことが、活動目的のひとつであるハラウであること、それは私がMoe Kealeのハナイ(養女)であることによること等が書かれてあった。
 このメモに目を通していたMCの人は、突然読むのをやめると、驚いた顔をしてこちらを見た。目にはうっすらと涙が浮かび、震える声で、“ Moe Keale は、私のおじさんだ”と言った。彼はずっとチキンスキン、チキンスキンと言いながら、信じられないという様子だった。
 彼は毎年、MCをしているわけではなかった。お互いにこの偶然のめぐり合わせに驚きを隠せなかった。私にとってモエさんが亡くなってから2つ目のうれしい、偶然の出会いとなった。
 そして、やがてこの〝偶然〟が、実は〝必然〟だったことを知る日が来るのを、私は楽しみにしているのだ。この後も驚きの連続は繰り返されるが、追々語るとして、話をAloha Festivalに戻さなくてはいけない。
 2003年、私たちは Waikiki Ho’olaule’aで、〝 Moe Keale のトリビュート〟のショーをやることになった。このきっかけとなったのが、前年、2002年11月の Kaneohe にある『 The Lomi Shop Vaa 』 が主催の8時間に及ぶ 『 A Moe - ment to Remember 』 と題したモエさんの追悼コンサートだった。これについても、後に掲載する予定なので、楽しみにしていてほしい。
 さて、Waikiki Ho’olaule’a のステージで演奏をしたのは、生前のモエさんから私のことを聞いていた甥達、4人の Keale -Stephen,Michael,Bill,Mahealaniと、私と主人の大親友 Kekoa だった。
 モエさんの家から運び込んだ、白黒のモエさんが笑う巨大な写真をステージに飾り、モエさんに由来する Niihau島 の Kahiko で幕を開けた。
 そして、この年の Aloha Festival の親善大使である、ハワイアン音楽の重慎、Kahauanu Lake に敬意を表すため、彼の名曲『 Pualili Lehua 』 も入れながら、エンディングは、もちろん Moe Keale の Signature Song、『 Aloha Is 』を全員で歌った。
 一見、何事もなく、感動の渦に包まれて終わったかのようだったが、実はとんでもないハプニングが私に起きていた。
 私は、自分のソロに、モエさんが歌っていた『 Ka Ula Ili 』を選んだ。1番を踊った後のPaani(間奏)で、私は、あらかじめ用意していたスピーチをして、間奏の終わりと同時に再び踊りだすという演出を予定していた。スピーチをしようと、私が約束していた Kekoa のマイクのところに行き、彼の譜面台に目をやると、用意してあるはずのスピーチの書いた紙がなかったのだ! 英語だったこともあったし、とても大事なことを説明していたので、忘れたり、間違えたら困ると思い、暗記はせずに、紙を用意しておいたのだ。目が点になる、とはまさにこの事だった。
 しかし、Kekoa がマイクを渡してくれた瞬間、私はスッと顔を上げ、スラスラと群集を前にスピーチを始めた。妙に落ち着いていた。2番の始める前にピタリとはまり、マイクを置くと、何事もなかったかのように踊った...。
 ショーが終わってから、誰も何も言わないので、Kekoa にたずねると、ショーの始まる寸前に突然風が吹き、Kakoa の譜面台の紙が全部飛んで散らばってしまったというのだ。そして、慌てて散々した紙を1枚ずつ拾い集め、他のミュージシャンと同じ順番に並べると、枚数が確かに1枚足りなかったが、曲は全部揃っていたので、見つけられなかった紙はそのままになってしまったということだった。Kekoa は“ミカ、ごめんね”と申し訳けなさそうに言った。
 私は、とても不思議な感じがしていた。自分のスピーチしていた感覚をあまりよく覚えていなかった。結局、終わってから見つかったスピーチを書いた紙と、私のスピーチをビデオで確認すると、一字一句間違いなく、とても落ち着いてスピーチしていて、まさか紙が消えていたとは、誰一人気づかなかったわけだ。
 スピーチは、「 I'm Uncle Moe's Hanai daughter, and my Kumu Hula is Poni Kamau'u, a grand nephew of Iolani Luahine. And this is the song that Uncle Moe played for Anti Io to dance. So,this song " Kaula Ili " is very special to me. 」 という文章だった。
 無事終わったことにホッとしながら、私は夜空を見上げた。そして、もしかしたら、私は何か天に試されたのかなぁ? しゃべっていたのは、本当にわたしだったのだろうか? そんなことがふと、頭をよぎった...。と同時に、私は、このハプニングに、何となくうれしい気分すらしていた...。
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by ohanaokeale | 2005-10-15 19:25


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