第18話  盗作

2008年10月のある日のことだった。生徒の一人から、血相を変える勢いで電話がかかってきた。「先生、大変です!今、本屋さんでHULA Le'a(フラレア)という雑誌をめくっていたら、何かのイベントでどこかの生徒が身につけているスカートが、うちのオリジナルファブリックの色違いなんです!すぐに写メールします」。私は耳を疑った。そして送られてきた写真を見て、今度は目を疑った。間違いなく私がデザインした「市販されているはずのない」ハラウの紋様がプリントされたハラウオリジナル柄の色違い6色のスカートをはいた日本人のフラを踊る人たちだった。それは「PEACE PROJECT (ピースプロジェクト)」という湘南海岸で行われたイベントの記事だった。そしてこの布地が「盗作されたもの」であることは紛れもない事実だった。
今からかれこれ7年前、思うところあって競技会や新しいスタイルのフラから離れた私は本来のフラの血統である、 Iolani Luahine (イオラニ・ルアヒネ)の Grand nephew である ポニ・カマウウ (Poni Kamauu) の持っていた Halau Kaleihulumamo (ハラウ カレイフルマモ) の唯一のプライベート生徒として極めて昔のやり方により、現在では目にすることのないフラの原点を学び始め、真の伝統について知るようになった。そして自分自身のハワイでのルーツや、学ぶフラに基づくハラウの象徴となる紋様を創り、それを施したオリジナルファブリックでハラウのユニフォーム的な衣装を持ちたいと考えた。単なるデザインであればプロのデザイナーに依頼するところだが、私はたとえ時間がかかろうと私に自然に与えられるのを待つ、敢えてそんなスタンスを取ることにした。
ハワイアンの血は入っていないけれど、ハワイ先住民(ネイティブハワイアン)の養女としてファミリーネームを与えられ、又フラでも特殊で稀少な師に巡り会えた境遇の私にきっと天から与えられる紋様がある、そんな思いからだった。結局これ、という完成までには約一年を要した。紋様はまず布以外にもハラウのレターヘッドやTシャツ、ホームページなどあらゆるものに施された。そして、盗作に至るファブリック製作の経緯は次のような流れだった。
ロット数から製作を受けたのは「Hawaiian Fabric(ハワイアン・ファブリック)」というホノルルのカパフル通り近くの店だった。デザインを持ち込みいよいよ注文が出来上がり、日本への発送手続きに店を訪れた時のことだ。オーナーのJay(ジェイ)という男が私に写真のチップのようなものを見せ、もし色違いがほしかったら、と言った。当然大切な理由があって決定した2色だったので私はいらないと言い、チップはもらって店をあとにした。家に戻りオーナーの言ったことが附におちなかった私はまさかと思いながら手渡されたチップをもう一度よく見た。すると私が注文した地色とプリント柄色が同系色の2種類の他に、違う組み合わせの色違いの布の端切れを写したものが数枚あった。どう見てもコンピューターでのシュミレーションではなく、実際の布を写したもののようだった。
客の持ち込んだデザインで、あってはならないことだ。すぐさま店に戻りオーナーを問いただし、もし売るようなことがあれば違法であることを確認させ、そのようなことはしないと約束させた。この時私たちは、この男が人の良心など平気で無視する、ハワイでこの手の商売で渡り歩いていた悪い奴だということを知るよしもなかった。

そしてこの事件の第2幕が、私たちの知る限りでは TRANCE-PACIFIC TEXTILES(トランス・パシフィック・テキスタイル)を通り、FABRIC MART(ファブリック・マート)とWALMART(ウォルマート)に売られてしまった私のデザインしたハラウ・オリジナルファブリックを大量購入したカウアイ在住のクムフラとの長引いたひともんちゃくだった。この第2幕は私やハラウの生徒、私のニイハウの家族やハワイの友人達までを言いようのない憤りと、またもや知ることになった「ハワイのある種の人たち」に対する言葉にできないジレンマによる多大なるストレスに落とし入れた。
ハワイでも信頼のおける一流の弁護士に依頼するため、主人の長年の知り合いであるアメリカ本土の弁護士のトップ中のトップからハワイの弁護士を紹介してもらうことにした。
個人のデザインはたとえコピーライトを特許庁に登録しなくても作者の「権利」は当然製作された時点で発生する。しかし金銭的訴訟をするためには法的登録が必要であり、裁判に持ち込むとなればその費用は1000万円にも及ぶ。私のオーダーした店のオーナーは個人がこのような費用を投じることはないとあらかじめ見越して、計画的にしたといえる。そして弁護士がいきさつを解明し、販売を中止する約束の書類のやり取りを行う中で一番まともな応対をしたと思えるのはWALMART(ウオルマート)だけで、間に入って実際に東南アジアでプリントをしたTRANCE-PACIFIC TEXCETYLE(トランス・パシフィック・テキスタイル)はHAWAIIAN FABRIC(ハワイアン・ファブリック)が結局2種類以外の布を引き取らず、困り、だから売りさばいたという返答だった。そしてこの最中にハワイアン・ファブリックがインターネット上で要注意企業リストに載り、翌日オーナー名が変わったものの同じ場所、同じ会社名で事業はすぐに再開される、という奇妙な事態が起きていた。
著作権が実際に侵害されことで私は紋様の法的登録を行った。それと同時に私たちは日本の弁護士と相談し、大量の布を購入していたカウアイのクムフラにはある意味2次的被害者と考え、この事態を悪化させないためにさらなる購入及び使用の継続は法的に問題であるお知らせとお願い、という形で手紙を送ることにした。弁護士も私たちも当然、相手はこの事情に驚き、今後の対策について尋ねてくるのが常識と考えていた。ところがだった。弁護士ではなく私たちのメールアドレスを探し出しメールを送ってきた。訴訟の有無に関わらず盗作という犯罪を犯した人間が絡んでいる事情であるからには、弁護士を通すのが正しい、賢いやり方だが、カウアイのクムフラには直接私に手紙をよこした、勝手な自分の都合があること、がその内容から読みとれた。
使用したいという言い方は一切なく、自分には使う権利があると思わせようとする、こちらをねじ伏せようとする言い分を一見やわらかな口調で上手い言い方でする、という極めてずる賢い手紙に弁護士もあきれ果てたのだった。まず、自分がいかに特別な人であるか、が延々と書かれてあった。その次に、これからもフラの重要な儀式で使用するために、この布がさらに必要であること、などが述べられていた。
すでに関わった全ての会社は当然、この布についての私の権利を全面的に認め、今後の生産も販売もしない約束をしていた。私は昔の正しい本当のクムフラが皆そうしたように、自分のハラウの紋様は自分でクリエイトした。そして私に関わりのあるニイハウに古くからまつわる柄をデザインの一部に組み込んだことから敢えて、金銭的補償を得るための手続きもしなかった。それを盗作とわかっても尚、使用を続け、さらには注文をすると言い張るカウアイのクムフラを皆が理解できなかった。結局、お願いの手紙は再三に渡ったが、このクムからの約束はとりつけられなかった。また、このクムは私をねじ伏せることではなく、買った店と交渉すべきなのは常識を知る人なら皆が考えることだった。盗作とわかっている、他人のデザインした紋様の布を身にまとわされる立場を思うと気の毒に感じた。その上、重要な儀式だの、考えただけでおぞましいと誰もが感じた。そして一年近く、らちがあかないまま私の弁護士費用もかさんできたため、このクムに関わるのをついにやめることにした。
私は今までもそうであったように、必ずや「天は見ている」それだけの気持ちで、この事件について語るのをおしまいにしたいと思っている。
[PR]
by ohanaokeale | 2010-03-15 21:59


<< 第19話 Blue Makua... 第17話  Aumakua(ア... >>